亡き人に会うために

大切な人を亡くされた人へ|前を向いて歩いていくためのヒントと故人に再び会うための方法を考えるブログ

気を紛らわせてくれるもの

 

みなさんには気を紛らわせてくれるものがありますか?

私は少し心配です。
というのも、死別の悲嘆は真正面で受け止めるには大き過ぎるものであるように思えるからです。

そのため、その苦しみを一時でも忘れさせてくれるようなもの、すなわち気を紛らわせてくれるようなものが多少なりとも必要であることは、おそらく誰もが認めるところでしょう。
ただ、そういったものに夢中になっていつまでも現実から目を背けることにも問題があるはずですから、バランスが求められることも言うまでもありません。

さて、では気を紛らわせてくれるものにはどのようなものがあるのかを考えてみましょう。

とは言ってみたものの、実はそういったものはあまり多くないのかもしれません。

なお、考えてみるにあたっては強制力の有無というのがひとつのポイントになるような気がします。

強制力があるというのはつまり、日常においてやらなければいけないことです。
言い方を換えるなら、選択の余地がなく、それがゆえに死別の悲嘆に浸る余地もあまりないと思われるものです。
おそらく、仕事や育児、睡眠といったものがこれに該当してくるのでしょう。

しかし、本人がこれらを好きでない場合は、違った意味で苦痛を感じることも考えられますので、気が紛れるかどうかはその人次第かもしれません。
その点、睡眠はよさげですね。
もっとも、眠り続けることができないという大きな問題は存在しますが。


次に、強制力を持たないものにはどのようなものがあるのでしょうか。

これには、他人との交流や個人の趣味、嗜好品の類が該当してくるのだと思います。

これらは、基本的に本人自らが選択した上での行動ですから、苦痛に感じることは少ないはずです。
ただし、強制力を持っていないものでもあるため、本人の頭に自由な思考を許してしまう余地が大いに残されているものでもあります。
つまり、自分のペースで取り組める以上、その最中などに死別の事実や苦しみなどを思い出しやすく、気が紛れない可能性があるということです。

こういったことを考えてみると、気を紛らわせるというのは実はなかなか難しいことなのかもしれません。
特に、気を紛らわせることに罪悪感を感じるような方であればなおさらです。

大切な人のことを常に想っていたいという感情と、気を紛らわせたいという感情

時に相反するように感じるこの2つの感情ですが、個人的にはそうは思いません。
少なくとも、誰かに責められるような感情でないことは間違いありませんし、大切な人に責められるようなものでもないと思います。

ですから、簡単に見つかるものではないとはいえ、誰もが多少なりとも気を紛らわせるための手段を見つけてほしいと思います。

それはきっと心の中に少しばかりの余裕を生み、その余裕が何かしらの形で立ち直りに役立つような気がします。

 

 

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