亡き人に会うために

大切な人を亡くされた人へ|前を向いて歩いていくためのヒントと故人に再び会うための方法を考えるブログ

批判されるのはいいこと


 

当ブログの読者のみなさんは、立ち直ろうとしていたり、立ち直りたいと考えていたりする方々が大半だと思いますので、その前提で書きます。


死別の悲嘆に苦しみながらも、人生に対して投げやりになることなく前を向こうとするみなさんの姿勢は、それだけで素晴らしいものだと思いますし、私はそういったみなさんを尊敬しています。
おそらく、みなさんの大切な人もそんなみなさんを誇らしく感じるとともに、どこかからしっかりと応援してくれているのではないでしょうか。

ただ、そういった立ち直ろうとする姿勢さえ、時にはやっかみや批判の対象となることがあります。

  • 故人への愛が足りない
  • 故人との関係性が薄いからできるだけ
  • 心が冷たい
  • 何もわかっていない


生きていると、他人から批判されることがたびたびあるものです。
特に、何か変化を起こそうとする時にはおもしろいように批判がつきまといます。
逆に言えば、批判が出ないようなものは変化と呼べないのかもしれません。
いずれにせよ、死別の悲嘆に苦しんでいた人間が立ち直るために歩き始めること、これはまさにその「変化」と言えるでしょう。
だからこそ、上記のような批判も存在するわけです。

ちなみに、変化する時には批判がつきものであるということを理解している方であれば、こういった批判を気にすることはないはずです。
しかし、中には批判に慣れていない方もいらっしゃると思います。

そんな方のために、ひとつ言葉を紹介しておきます。

「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」
※「えんじゃくいずくんぞこうこくのこころざしをしらんや」と読みます。有名な言葉ですのでご存知の方も多いと思いますが、意味を知らないという方はGoogle先生に聞いてください。


私は何も、立ち直ろうとする人間が悲しみに沈んでいる人間よりも偉いなどという意味でこの言葉を紹介するつもりではありません。
それは、どうせいつかみんなが立ち直ることを考えれば理解してもらえるはずですし、一人の人間の中に「悲しみに沈んだ状態」と「立ち直った状態」が順番に訪れるわけですから、その人間自体を比較の対象にする意味がないことからもわかってもらえるでしょう。

私がこの言葉を紹介して言いたいのは、自分の志を大事にするべきだということ、そして人の批判などまったく気にする必要がないということです。

新しいことをしようとしているからこそ批判が生まれます。
しかし、批判を恐れる必要はまったくありません。
なぜなら、批判というものは、自分が新しい道を進んでいることを証明してくれるものでもあり、実感させてくれるものでもあり、背中を押してくれるものでもあるからです。

安心してください、批判されるのはいいことです。
ですから、批判を浴びながら自分の信じる道を進んでいきましょう。
もしそれでも不安になった時は、もう一度思い出せばいいだけです。

「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」

みなさんの高い志に、いつかきっとみなさんの人生も応えてくれるはずです。
私はそれを願っています。

 

 

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