亡き人に会うために

大切な人を亡くされた人へ|前を向いて歩いていくためのヒントと故人に再び会うための方法を考えるブログ

時に無意味となる価値観

 

 

 

「武士に二言はない」

「一途な…」

「初志貫徹」

「意地を貫く」

「終始一貫した態度」

 

 

ご覧になればわかるとおり、これらは「一度決めたことを守り抜いたりやり抜いたりすることの大切さ」を表現する類の言葉であり、「ほめ言葉」として使われることが多いものです。

 

 

ちなみに、こういった「一度決めたことをやり抜くことは素晴らしい」という価値観は、実は私の中にも存在しています。
はっきりとした理由まではわかりません。
おそらく、これまでの人生において知らず知らずのうちに形成されたものなのでしょう。

 

 

もちろん、私だけではないはずです。
この価値観は多くの人に共通していることでしょう。
いわゆる美談とされるものにこういった内容が多いことを考えてみても、それは間違っていないはずです。

 

 

さて、ではそういった価値観を持っている私たちにとって、冒頭の言葉はどのような響きを持つのでしょうか?

 

 

これはもう単純な話です。
どの言葉も「カッコよく」聞こえます。
まぁ、ほめ言葉として使われるぐらいですから、それも当然のことでしょう。

 

 

しかし、これらの言葉には、実はものすごく「カッコ悪い」側面があることも理解しておかなければいけないように思います。

 

 

それがどういう時かわかりますか?

 

 

それは、決めたことが間違っていた場合や、決めたことが自分にとってマイナスになっている場合です。
こういった場合、一度決めたことを頑なに守り抜こうとするこの姿勢は、「無意味に意地を張り続けているだけの残念な姿勢」へと様相を一変することになります。

 

 

おそらく、死別経験者であれば、当てはまるケースがあるのではないでしょうか。
少なくとも、当時の私には当てはまります。

 

 

では、それがどういった場面なのかについて見ていきましょう。

 

 

たとえば、「これからは片時も忘れずに想い続ける」などと誓った経験はありませんか?
たとえば、「もう一生誰も愛さない」などと心に決めた経験はありませんか?

 

 

私はあります。
どちらもあります。
それだけではありません。
その誓いが揺らぐことや自分の心境が変わることなんてことは想像すらしていませんでした。

 

 

しかし、望むと望まざるにかかわらず、時間の経過とともに心境というのは変わっていくものです。
ですから、死別当初に決めたことを守り抜いたりやり抜いたりするということは、実は非常に難しいことなのです。

 

「片時も忘れずに想い続ける」

確かに素敵な内容ですし、誰もがそうありたいと願うことでしょう。
しかし、現実的に不可能であることは考えるまでもありません。

 

「もう一生誰も愛さない」

確かに美談と言えるでしょうし、大切な人に一生を捧げる自分でありたいと思います。
ですが、自分の自然な感情をコントロールすることは想像以上に難しいものです。

 

 

このように、死別当初には当たり前すぎると感じられる内容であっても、実際にそれを守り抜くことは至難のわざです。
にもかかわらず、上で挙げた価値観を持つ人間は、そういった状況になってもなおどうにかして誓いを守り抜こうとします。

 

 

では、決めたことを守り抜こうとするこの姿勢は果たして素晴らしいことなのでしょうか?

 

 

一見素晴らしく感じるのは当然です。
それはここまで述べたとおりです。
なにせ私たちはそういった価値観を持っているわけですから。

 

 

しかし、それが残された人間の人生における選択肢を狭めたり、その人間自身を苦しめ続けたりするようなものであった場合はどうでしょうか?

 

 

そうであった場合、こういった誓いはもはや本人にとっての「害」でしかなく、それを貫き通すことに意味はまったくないと思うのですが。

 

 

そもそもよく考えてみましょう。
大切な人に誓ったつもりの約束は、実は自分が勝手に決めただけのものです。
それが自分を苦しめている以上、やはり何か手を打つ必要があるでしょうし、少なくとも同じ状況を続けることに意味はありません。

 

 

片時も忘れないということが難しいのであれば、思い出せるときに思い出せばいいだけです。
気になる人ができたなら、そんな自分の気持ちを認めてあげればいいだけです。

 


安心してください。
誓いを破ることに罪悪感を感じる必要なんてありません。
これは大切な人を裏切ることでもなく、誰かに責められるようなことでもありません。

 

 

それよりも、自分で自分を苦しめたり、自分の進むべき道を狭めてしまっていることに目を向けてください。
そこから自分を解放してあげることのほうが、誓いを守り続けることよりもよっぽど大切なはずです。

 

 

 

最後に

 

 

人の心境は変わるものです。
最初からいろいろなことを決めるのは結構ですが、訪れた変化には柔軟に対応すべきです。
自分を縛り続け、苦しめ続ける必要なんかどこにもありません。

 

 

大切なのは、残された人間のこれからの人生です。
だから、私は書いておきます。

 

 

「いろいろ考えた上であれば、決めたことを変えられることもカッコいい」

 

 

当時の私にもこういった柔軟性があればよかったのですが…

 

 

 

 

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