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亡き人に会うために

大切な人を亡くされた人へ|前を向いて歩いていくためのヒントと故人に再び会うための方法を考えるブログ

月命日ってなに?

 

予めお断りしておきますが、今回の記事は私の個人的な考えであり個人的な疑問です。
したがって、誰かを傷つける意図をもって書いているわけではありませんので、その点をご理解いただけますと幸いです。 

 

 

「月命日」

私はこの日を意識したことがいまだかつて一度もありません。

それはなぜか?
理由は3つあります。

①私の大切な人が亡くなったこととはまったく関係がないから
②死別以前の生活において意識したことが一度もないから
③宗教を信じないから

では、まず①について。
私の大切な人が亡くなったのは5月の22日です。
したがって、そんな私にとって6/22は何の意味も持ちません。もちろん、7/22だって何の関係もありませんし、半年後の11/22だって同じことです。
このように考えているため、私自身は「月命日」と言われるものにまったく重みを感じません。
単に日付の数字が揃っただけとしか思えませんし、わざわざ「月命日」という言葉をつけてまで意味を持たせるようなものだとは到底思えません。

なにより、大切な人が亡くなった頃とは季節が異なります。
これは致命的な欠点であるように思われ、どれだけ真面目に考えようとしても私はすぐにしらけてしまいます。


次に②ですが、こういった方は私以外にも多いのではないでしょうか…?
私は大切な人を亡くす以前に祖父母の死別なども経験しております。
しかし、「月命日」を意識していた人間は親戚を見渡してもほとんどいなかったんじゃないでしょうか。
その証拠に、「月命日」という言葉を耳にすることは一度もありませんでした。
この言葉を知ったのは、大切な人を亡くしてからだいぶ経った時のような気がします。
これが適切な表現なのかどうかはわかりませんが、「言葉の意味こそ知っているが市民権を得ていない言葉」、これが私にとっての「月命日」です。
誰かが何かを意図して無理やり名付けたような気がしてなりませんし、世の中においてあまり意識されていないということを考えても、やはり重みがないと私は判断してしまいます。


そして③ですが、「月命日」というのはどうやら仏教に関係しているようです。
しかし、私は宗教をまったく信じない人間です。
ですから、仏教に関係すると言われても「だから?」としか思いません。

「昔の誰かの個人的な考え方であり、それ以上でもそれ以下でもない」

これが私が持つ宗教の印象です。
そのため、宗教を持ち出されても私の琴線に触れることはありませんし、私の行動が変わることもありません。


以上のような理由により、私は「月命日」をまったく気にしないわけですが、少しだけ私の思うところも書いておきます。


命日を迎えて気分が上がるという人はおそらくほとんどいないと思います。
むしろ、大切な人を亡くしたことを強烈に思い出し、悲しみに沈むことのほうが多いのではないでしょうか。
当然、それは「月命日」に関しても同様でしょう。
であるなら、わざわざ自分を苦しめる回数を増やす必要はどこにもありません。
ましてや、本来の命日に特に関係がないのですからなおさらです。

ちなみに、「月命日には、故人のことを思い出すという意味がある」とどこかに書いてありました。
書いてあったぐらいですから、確かにそういった意味もあるのでしょう。
でも、大切な人をこれ以上思い出す必要なんてありますか?
ご自身のことを考えてみればわかると思いますが、大切な人を亡くした多くの人間は日々故人のことを想っており、わざわざ「月命日」の力を借りて思い出す必要なんてありません。


こういったことなどをいろいろと考えてみると、「月命日」はプラスよりも圧倒的にマイナスをもたらしているような気がします。
いたずらに悲しみに沈む日を増やしているようにも思えますし、ひどい場合には「月命日に故人のために何かしなければいけない」という見当違いな使命感さえ生んでしまっているのかもしれません。

大切な人ですから、ことあるごとに故人を偲びたいという気持ちもわからなくはないのですが、それ以上に気分が沈んでしまうのであれば、正直なところそれは少しやり過ぎなのかなと私は感じます。


最後になりましたが、私と同様に多少なりとも「月命日」に違和感を感じている方のためにも、私なりの見解をまとめておきます。


私は月命日なんてまったく気になりませんし、月命日を大切にしない人を見ても何とも思いません。
それをもって故人を大切にしていないなどと思うことも当然ありませんし、そんなことを言う人がいるなら耳を疑うことでしょう。
中には、「月命日の供養をしないと向こうの世界にいる大切な人に悪い影響が出る」という考え方もあるようですが、宗教を信じない私からすれば単なる宗教ビジネスとしか思えませんし、それを人に強要するのはいい加減にしてほしいものです。


故人をどのように大切にするか、それは残された人間が自分自身で決めることです。
そうである以上、形式などに縛られる必要は一切ありません。
自分自身と故人のために最もプラスになりそうな方法を選びましょう。



※なお、月命日を大切にされている方を責めるものではありませんので、誤解のないようにお願いします。ただ、「月命日」のたびに心を乱されている人間がいるのを見るにつけ、心配になっただけです。自分自身にとってプラスが多いのであれば大切にすればいいでしょうし、マイナスが多いのであれば気にしなければいいことだと思います。

 

 

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