亡き人に会うために

大切な人を亡くされた人へ|前を向いて歩いていくためのヒントと故人に再び会うための方法を考えるブログ

性欲について

 

 

 

悲しみや苦しみを吐き出す記事や、そういった人間を慰めたり励ましたりするような記事はよく目にしますが、この話題に言及している記事というのは見かけた記憶がありません。
というわけで、今回は「性欲」について少し書いてみます。

 

 

先に断っておきますが、こういった話題にアレルギーをお持ちの方はここでそっとページを閉じてください。
ただ、私としては「性欲」について悩んでいるであろう人に向けてマジメに書いたつもりですので、その点はご理解頂けると幸いです。

 

 

 

さて、では簡単な質問から始めましょう。

 

 

みなさん、性欲はありますか?

 

 

突然の質問で面食らったかもしれませんが、小難しく考える必要はありません。
性欲を意識することがあるかないかといった程度のことを、ごくごく気楽に考えてもらえれば結構です。

 

 

ちなみに、私の答えは「はい」です。
わざわざ、「性欲は人間の三大欲求だから本来なら全員にあるはず」なんて言い訳めいた理由を持ち出すまでもありません。
いたって普通に、私の中には性欲が存在しています。
それだけでなく、時と場合によってはその存在を痛感させられる時もあります。
まぁこのあたりに関しては、おそらくそこらへんの一般男性となんら変わらないと思います。

 

 

ただ、もしあの頃に同じ質問をされていたら、私が「いいえ」と答えていたことだけは間違いないでしょう。

 

 

それはいつか?
もちろん死別直後です。

 

 

理由はわかりません。
愛する人を亡くしたショックによるものなのか、それとも愛する人への忠誠を誓う気持ちがそうさせるのか…
いずれにしろ、一切の「性欲」を感じることはありませんでした。
そして心のどこかでは、永久にそんな自分でいたいと望んでいたような記憶もあります。

 

 

しかし、そんな単純な話ではありませんでした。
いつの頃からか、性欲は私の中で再び頭をもたげてきました。

 

 

ちなみに、原因は何だと思いますか?

 

 

悲しみが薄まったからでしょうか?
死別の傷が癒えたからでしょうか?
それとも、立ち直ったからでしょうか?

 

 

実際はどれでもありません。
むしろ、これらはまったくの見当違いと言ってしまってもいいぐらいです。
性欲はそんなにヤワではありませんし、優しくもありません。
私の心理状態とはまったくリンクすることなく、どこ吹く風といった感じで復活してきました。

 

 

では、本当の原因は何か…?

 

 

質問しておいて申し訳ないのですが、私にもわかりません。
たぶん、原因なんかないような気がします。
強いて挙げるなら、本能だからということにでもなるのでしょうか。

 

 

第一、今となって思うのですが、性欲は復活したわけでもなんでもなく、ずっと変わることなくそこにあったんだと思います。
ただ単に、死別というあまりにも強いショックを受けたことによって、一時的にそれを意識することがなかったということなのでしょう。
少なくとも今は、そう解釈することにしています。
とはいっても、当時の私がその現象を性欲の復活と受け止めていた事実には変わりありません。

 

 

そんな性欲の復活ですが、それだけなら大した問題にはなりません。
にもかかわらず、私にとってはとてつもなく大きな問題でした。
なぜなら、それが当時の私の意に完全に反していたからです。
そればかりでなく、死別して一年すら経過していない時期にそれが起きたという事実が、私の中でさらにこの問題を大きくしていたように思います。

 

 

ここで、念のため当時の私の状態を説明しておきますと、私は大切な人のことしか考えれられない状態でしたし、大切な人のことしか考えたくもありませんでした。
それだけではありません。
これからはただ真っ直ぐに彼女のことだけを想い続けようと決心していましたし、生涯にわたりそれを実践できるだろうとも思っていました。
少し大袈裟かもしれませんが、邪念や煩悩などを一切排除して生きてやろうと心に誓っていた…まさにそんな状態だったということです。

 

 

そんな人間の身体がよりによって性欲を示し始めたわけですから、これを問題と言わずして何と言えばよかったのでしょうか。
しかもそれは、死別直後の私にとってみれば邪念中の邪念であり、なおかつ、数ある欲望の中でももっとも低俗に思える欲望でもありました。

 

 

結果については言うまでもありません。
思いっきり失望しました。
もちろん、自分自身に対してです。
そればかりか、そんな自分が許せませんでしたし、正直、狂ったのかとさえ思いました。

 

 

無理もありません。
なにせ死別直後のそんな時期に性欲が頭をもたげてきてしまうような人間なのですから…。

 

 

しかし、そんな私の気持ちをあざ笑うかのように、性欲は淡々と、かつ着々と以前の存在感を取り戻そうとしていました。

 

 

そこからは、もう闘いです。
なんの闘いかって?
それは私と性欲との闘いです。
文字にするとこんなにもバカっぽいということには書いた私が一番驚いていますが、それも仕方ありません。
とにかく闘いだったんです。

 

 

もちろん、ありったけの抵抗は試みたつもりです。
理性を最大限に発揮することで、どうにかして性欲を排除してやろうとしました。

 

 

ただ、そんなものはすべて無駄でしかありませんでした。
かろうじてできたのも、わずかばかりの時間稼ぎに過ぎません。

 

 

第一、私の場合は性欲が存在することすら許せなかったわけですから、抑え込むだけでは大した意味もなく、完全に消滅させてはじめて勝利と考えていました。
そう考えると、勝敗なんてものはどのみち最初から決まっていたんでしょう。
それだけでなく、私が完敗するというシナリオだって、ハナから出来上がっていたはずです。
正直に言うと、死別をきっかけに聖人君子になったつもりでいたのですが、所詮私はただの人でした。

 

 

それほど性欲、いや本能というものは強い…。

 

 

とはいっても、完敗というのはあくまでも結果論であって、当時は、少しずつその座を譲ってあげているつもりでした。
言い換えるなら、私自身が決めた「ルール」を、復活してきた性欲に合わせて少しずつ緩めてあげていたということです。
ですから、敗走しながらも、ほんの少しはコントロールできたように思います。
まぁ「だから何、結局負けたんでしょ?」と言われてしまえばそれまでですが。

 

 

なお、とても重要なことを言い忘れていましたが、この記事で私が言っている性欲とは、基本的に単なる性欲のことです。
ですから、誰かと心まで通い合わせたいといった類の欲望ではありません。
男性ならなんとなく理解できると思いますが、言ってみれば一人で解決できてしまうような、そんなタイプの性欲です。
そしてそういったものだったからこそ、頭で思うことと身体で感じることをそれぞれ分けて考えることができ、自分のルールを少しずつ緩められたんだとも思います。

 

 

もしそうでなかったとしたら、つまり、それが心まで絡むような欲望だったとしたら、私は確実に「大切な人に対する裏切り」だと考えたことでしょうし、自分を許すことも絶対になかったでしょう。

 


そういう意味では、心のどこかにあった「心さえ動かなければ裏切りにはならないんじゃないの?」といった感覚が、妥協するという選択肢を提示してくれたような気がしますし、結果的に、「性欲を感じる自分を責め続けようとする私」を許してくれたものでもあったような気がします。

 

 

なんて偉そうに書きましたが、よく見ると浮気が見つかったシーンで男が考えそうな内容そのままですね(笑)
でも、言われてみればそのとおりなのかもしれません。
少なからず、「これは浮気(裏切り)なのかな…?」といった部分が判断の基準だったような気がしますから。
もっとも、それは同時に、大きな後ろめたさを生み出す要因でもありましたが…

 

 

そういえば、具体的にどうしたのかについて触れるのを忘れています…
しかし、具体的な記述に関してはみなさんも求めていないでしょうし、それがこの記事で言いたいことでもありませんので、割愛することにします。
なにより、私自身も書きづらいので(笑)
一応、お互いに心が動くことがないような人たちと、お互いに心が動くことのないように遊んだ…とだけ書いておきます。
あとは、適当に想像してください。

 

 

なお、ここでは心が動くことをまるでよくないことのように書いていますが、当時そう思っていただけで、今はまったく思っていません。
むしろ、それはそれで素晴らしいことだと思います。
ただ、それもここで言いたい内容とは異なりますので、端折ります。

 

 

長々と書いてまとまりもなくなってきたためそろそろ終わりにしますが、要は、性欲は「仕方ない」と言いたかっただけです。
大切な人を亡くしたからといってなくなるものでもありませんし、それが存在するからといって誰かから責められるようなものでもありません。
それに、個人差こそあれ、基本的には誰しもに備わっているものです。
だからというわけでもないのですが、それを解消しようとしたからといって、それがただちに大切な人に対する裏切りになるわけではないと思います。
ですから、そんなことについて悩む必要はありません。
第一、いくら悩んだってなくならないんですから、悩むだけ無駄です。
それより、その存在を早めに認めてしまい、有効な手立てを考えたほうがきっと楽になると思います。

 

 

私の勝手な想像ですが、まじめな人間ほどこういったことで悩んでしまうように思います。
当時の私と同様に、死別をきっかけに聖人君子になったような気でいる方や、聖人君子を目指している方は実は多いのではないでしょうか。
しかし、現実はなかなかそうもいきません。
今後は、悶々とすることだってきっと出てくるでしょう。
でも、それが当たり前であることを知ってさえいれば、動揺することもないでしょうし、落ち着いて対処することだってできるはずです。

 

 

ただでさえ傷ついている自分ですから、これ以上責めたり、これ以上の無理を強いる必要はありません。
自分を守れるのも自分だけ。
ルールを緩めることもまた、時には有効なのではないでしょうか。

 

 

 

最後に

 

 

これはあくまでも悩んでいる方に向けての話ですので、現実にお相手がいらっしゃる方などは参考にしないでください。
こんな甘い考え方をしていたら、浮気認定されることは間違いないでしょうから。

 

 

 

 

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