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亡き人に会うために

大切な人を亡くされた人へ|前を向いて歩いていくためのヒントと故人に再び会うための方法を考えるブログ

頂いたコメントへの回答と、亡き人に会うためにとは

 

はじめまして
私も先日旅立ってしまった父に会いたくて会いたくて…話をしたくて…たまらないです どうしたらいいのですか?
拝見して、同じ思い!と、いてもたってもいられず、コメントさせていただきました。

 

上のコメントは以下の記事に対して頂いたものですが、こちらのコメントへの返答も兼ねて、亡き人に会うということへの私なりの見解を書いておきます。
ただ、読む方によってはショックを受ける可能性もありますので、その点をご理解の上お読み頂けますと幸いです。

 

sms2001.hatenablog.com

 

念のため断っておきますが、「亡き人に会う」とは、こちらが生きている状態で故人に会うということです。
死後の世界で再会するといったことを意味しているわけではありませんので、お間違えのないように。
また、一口に「会う」と言ってもいろいろと条件がありますので、そのあたりは上の記事でご確認ください。

 

 

 

 

「亡き人に会いたい」

これは、多くの方が感じていることでしょう。
それはそうですよね、誰よりも大切な人なわけですから会いたいに決まっています。
ですから、会うための方法を考えるのもごくごく自然なことと言えるでしょうし、中には現在進行形でいろいろな手段をお試しになっている方もいらっしゃることでしょう。


しかし一方で、「少なくとも生きている限りはもう会えない」ということを多くの方が認識していらっしゃることも事実だと思います。
だからこそ、大切な人を亡くして多くの方が悲しみに暮れるのでしょう。
これは、たとえ亡き人に会えると信じている方であっても同様だと思います。
なぜなら、そう信じていても悲しみを感じるということは、頭のどこかで「もう会えない」と考えているということでしょうから。


では、本当に会えないのでしょうか…?


私は会えないと思います。
冷たい言い方に聞こえるかもしれませんが、冷静に考れば考えるほどこの答えにしか行き着きません。
もちろん、会えると信じたい気持ちは私にもあります。
しかし、信じたいという気持ちと、実際に会えるかどうかというのはまったくの別物です。
ですから、少なくとも現時点での話であれば、私は亡き人には会えないと考えています。


なお、これはあくまでも私個人の見解でありますので、その点はご理解ください。
また、重ねて書いておきますが、生きている間には会えないという意味であって、死後の世界で再会できるということについては私も信じています。



さて、では「会えない」という答えに行き着いてしまった以上、もうどうしようもないのでしょうか…?


この点については私はそう思いません。
たとえ会えない状況だとしても、会うためにできる「何か」を考えたいと思っていますし、考えるべきだとも思っています。
というわけで、ここからはこの点について書いてみます。


亡き人が生き返るはずもないこの状況、つまりどうやっても会えない状況で、それでも会いたいと考えた時いったい何をすればいいのか?


そのためには、会っている状態に限りなく近い状態を作るしかないと私は考えています。


つまり、故人があたかもそこにいるかのような状況を作るということです。
それは、故人が生きているような状態を再現すると言ってもいいのかもしれません。


???と感じた方も多いでしょうから、とりあえず説明していきますが、その前にもう一度前提を確認しておきましょう。

 

  • 亡くなった以上、完全に元通りの状態で会うことは不可能ということ。
  • その状況でもなお「会う」ことを考えるということ
  • 現時点で実現可能な手段しか使えないということ

 

こういった前提を考えると、やはり答えはひとつです。
故人が生きていると錯覚できるような状況を作るしかありません。

  • あちこちに故人の面影があり、多くの人が故人のことを知っている…
  • ふと周囲を見渡してみると、故人がそこにいる…


こういった状況を作るということです。

ただ、言葉では想像しづらいと思いますので、次に挙げる動画を見てみてください。

youtu.be

youtu.be

 

 

動画をご覧になってなんとなく想像がつきましたか?
これはAR(拡張現実)やVR(仮想現実)と呼ばれるような技術になります。
最終的には、こういった技術であたかも故人がそばにいるような状況を作ろうということです。
現在は「触感」を再現する技術も開発されているため、近い将来には、故人と触れ合うことだって可能になるかもしれません。


とはいっても、こういった技術が死別や葬送の世界に活用されるようになるかはわかりません。
なぜなら、需要がないところに供給はないからです。
当然、こういったものを求める人がいない限り、それが提供されることはありません。


ということで需要を作る必要があるわけですが、そこにつなげる一つの手段として「故人のホームページ」を活用したいと考えています。


というのも、故人のホームページが一般的になれば、死別や葬送といったアナログな世界にもより高度なIT関連の技術が流入しやすくなると考えているからです。


想像してみてください。
すべての人間がお墓の代わりに故人のホームページを選択したらどうなるでしょうか…?


きっと、もっと高度なホームページを望む人間が出てくることでしょうし、より再現性の高いものを求めるニーズだって出てくることでしょう。
当然、その頃にはこういったデジタルなものを敬遠するような風潮もなくなっていることでしょうし、バーチャル(仮想)な要素なども許容範囲に含まれてくるはずです。


そして、葬送のスタイルがそういったものに移り変わる頃には、生前に音声や動画などを記録しておこうという流れも増すことでしょうし、それはまたリアリティーを増すことに貢献することでしょう。


そしてこういったことはすべて、亡き人に会える世界が近づくということを意味します。


もちろん、実際にこんな時代が来るかどうかは私にはわかりません。
はっきり言って計画というよりは希望です。
しかし、いつまでも漠然と会いたいと考えていたところで、何も変わらないことや一歩も先に進まないことだけは間違いありません。
ですから、私は少しでも可能性を感じることを進めたいと思います。




もしいつか「亡き人に会える世界」が実現したら、死別の悲しみは今よりずっと和らぐはずです。
自分が死別の悲しみに翻弄されたからこそ、亡き人を身近に感じられる世界を作って死別の悲しみをなくしたい…

それが私の考えであり、このブログに「亡き人に会うために」というタイトルを付けた理由でもあります。


 


最後に

コメントをくださった方へ

期待されていた答えではないかもしれませんね。
ただ、現段階で故人に会うのはやはり難しいと言わざるを得ません。
ですから、限られた中でできることをしていくしかないと思います。

もし亡き人に会いたいと考えていらっしゃるのであれば、まずは故人のホームページに挑戦してみてはいかがでしょうか?
いろいろと工夫することで、ホームページを開いたらあたかもそこに故人がいるかのようにすることだって可能だと思います。
写真が画面に入り込んできたり、浮かび上がってきたり、そういった写真の動きひとつによっても、故人の躍動感を感じられたりするものです。
同時に、故人を多くの方に知ってもらうこともできるので、「記憶から消えた時、人は本当に死ぬ」といったことを心配する必要もありません。
なにより、故人のために何かするということが、傷ついた心を穏やかにしてくれます。

何はともあれ、あなた様の心が少しでも穏やかになることを願っています。

 

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