亡き人に会うために

大切な人を亡くされた人へ|前を向いて歩いていくためのヒントと故人に再び会うための方法を考えるブログ

こんな感じです

 

はじめにご報告です。 

 

いつもみなさんがクリックしてくださるページ下部のバナーですが、そこから発生するポイントがここ数日間反映されない状態となっていました。対応をしたため現在は問題ありませんが、ここ数日間のクリックについては反映されずじまいです。せっかくご厚意でクリックしてくださったのに、このようなことになってしまい申し訳ありませんでした。
と同時に、これからもよろしくお願い致します。

 

 

 

 

このブログは昨年の11月頃から開始しましたが、その中で何度か私の大切な人について言及したことがあります。
とはいっても、細かな内容に関してはほとんど触れてきませんでした。
なぜなら、素晴らしい人間がいたということを知ってもらいたい気持ちがある一方で、それを公開することを躊躇する自分がいたからです。

なぜ躊躇するのか?

理由は簡単です。
大切な人を悪く言われる可能性があるからです。
それは、このブログを読んでいる方であれば想像がつくことでしょう。
ブログに目の色を変えてクレームをつけてくる人間がいるぐらいですから、私の大切な人に対してもひどいことを言う人間がいるであろうことは容易に想像がつきます(笑)
現に似たようなことはすでに起きてますし…

こういったことが自分に対して行われるのであればまったく気にならないのですが、大切な人を悪く言われるのはさすがにちょっと…
気にする必要がないとはわかっていても、やはり多少は気になるものです。
ただ、よくよく考えるとそんな人こそどうでもいいんですよね。
というわけで、今回は私が個人的に作った「私の大切な人のページ」を紹介することにしました。

とその前に、少し書いておきたいことがあります。

私はこれまで、遺された人間に前を向いてもらいたいと考え、そのためのヒントとなるようなことを書いてきました。
この場合、対象となるのはあくまでも遺された人間です。
それに対して、ここ数日で触れている「故人のホームページ」というのは、故人が対象です。
簡単に言うと、亡くなられた方の生きた証などを残すことによって、亡くなられた方ををみんなで大切にしていこうということです。

なぜこんなことを考えるのか?

理由はたくさんあります。
単純に故人に対して敬意を表したいと思うのもそのひとつですし、故人を知ってもらうことによって遺された人間の悲しみが多少なりとも減ると考えているのもそのひとつです。

  • 故人をよく知らないために傷つく言葉を掛けてしまう
  • 故人をよく知らないために故人との死別を軽く考えてしまう
  • 故人をよく知らないために遺された人間の悲しみが理解できない


上手くは言えませんが、上記のようなケースはかなり多いように思います。
いずれの場合も遺された人間が傷つく結果となり、それが更なる悲しみにつながります。
ただ、これは相手が故人をよく知らないために起こるだけであって、故人のことを知ってもらうことで改善できる部分だと私は考えています。

これまで、悲しみを理解してもらえないと嘆く人を多く見てきましたが、それも似たようなことです。
故人をよく知らない人間にしてみれば、「故人に対する本人の想い」や「その想いの強さを原因として生み出される悲しみの度合い」はぼんやりとしかわからなくて当然です。
「誰も理解してくれない」「世間は冷たい」などと言いたくなる気持ちはもちろんわかりますが、故人のことをよく知らない人間に自分の悲しみを完全に理解してもらおうとするのは、やはり無茶と言うしかないでしょう。
そう考えると、もし自分の気持ちを理解してもらいたいと思うのであれば、故人のことを知ってもらうための努力も必要なのかもしれません。

そのためのひとつの方法、それが「故人のホームページ」です。

いろいろと書いてはきましたが、実際に作る理由はどういったものでも構いません。
ただ、気になる方はぜひ作ってみてください。
そして、みんなで故人を大切にしていきましょう。

 


こちらが私が作ったページです。
簡単にこういったページが作れますので、興味があるという方は参考にしてみてください。また、疑問点などがあれば遠慮なく質問してください。
なお、場合によってはこの記事から当リンクを削除しますので、予めその旨をお伝えしておきます。

https://www.socialmemory-s.net/erica

 

 

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