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亡き人に会うために

大切な人を亡くされた人へ|前を向いて歩いていくためのヒントと故人に再び会うための方法を考えるブログ

決まりごと

 

法律やルール、マナーなどを想像して頂ければわかりますが、世の中には「こう考えなければいけない」「こう行動しなければならない」といった決まりごとがたくさん存在しています。

おそらく、大勢の人間が滞りなく共同生活を送るためには必要なものなのでしょうし、たとえ個人を対象とした決まりごとであったとしても、人間が人間らしく生きるためには必要なものなのでしょう。


さて、では死別に関してもこういった決まりごとが存在するのでしょうか…?

もちろん、存在します。
形式的なもので言うなら、葬儀などはこれに該当するでしょう。
近年は、葬儀を簡素化したり執り行わない方も増えてきているようですが、やはりまだまだ決まりごとと言っていいレベルだと思います。


では、形式的でないものに関してはどうでしょう…?

明文化こそされてはいませんが、やはりここにもある種の決まりごとが存在していると感じています。
それが以下のようなものです。

悲しまなければならない、涙を流さなければならない、故人に対してこのように思わなければならない…


私が気になるのはこの部分です。

中には、そんな決まりごとなんか存在しないという方もいるでしょう。
しかし、そういった方は多くの人々の行動を思い出してみてください。

仮に故人への想いが薄れたとして、なぜ「他人」に責められたり、「他人」に対して罪悪感を感じなければならないのでしょうか。
お墓参りに行かなかったからといって、なぜ「他人」に責められたり、「他人」の目を気にしなければいけないのでしょうか。
涙が出ない時に、なぜ「他人」に責められたり、「他人」にどう思われるかを気にしなければいけないのでしょうか。

「故人」に対して罪悪感を感じたり、気を遣ったりするというのであれば大いに理解ができます。
しかし、なぜ「他人」に対してまでこういったことを気にしなければいけないのでしょう。

それは、そこに決まりごとが存在しているからに他なりません。

決まりごととして認識しているからこそ、それに反している自分が何か悪いことをしているかのような気分になってしまうわけです。
こういったことに縛られている方を見ると、心の底から「そんなこと気にしなくていいのに」と思います。

誰にだって、悲しみを感じない時や悲しみが薄れることはあります。
記憶や想いが薄れる時だってあるでしょうし、涙が出ない時だってあるでしょう。
ただ単純に忙しい時だってあります。

だからといって、「他人」に対して罪悪感を感じる必要は一切ありません。
当然、無理にそういったフリをする必要もありません。
もし、どうしても気になるというのであれば、想像してみてください。
故人ではなく他人にアピールするために悲しんでいる自分を。
そして、他人にアピールするために涙を流している自分を。
きっと、自分がいかにつまらないことを気にしているのかということに気付くことができるはずです。


時に、常識や決まりごとというのは行動の邪魔をします。
でも、私たちが生きているのは2017年です。
こんな時代に、特に意味のない決まりごとを気にする必要はありません。
ましてや、それが自分を苦しめたり自分の歩みを止めようとしたりするものならなおさらです。

心の深いところに存在する前を向こうとする自分自身の感情や思い、そういったものを大切にしてあげられるのは自分しかいません。
他人の目を気にすることなく、自分の心に素直に生きていきましょう。 

 

 

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