亡き人に会うために

大切な人を亡くされた人へ|前を向いて歩いていくためのヒントと故人に再び会うための方法を考えるブログ

頂いたコメントへの回答



今回、以下のようなコメントを頂いたため、その回答を記事とさせて頂きます。

 

主さん、こんばんは。
失念YOMEと申します。

先日は、不躾な質問にお答え頂きまして、ありがとうございました。

前を向く、立ち直る。
どう言う状態が、前を向いているのか?立ち直っているのか?
表面的にそう見えるようにしているだけの人も、多いと思います。
でも、心の中は、鉛のように重く苦しくもがいているけれど、悟られないようにしている人もいるのではないでしょうか。

主さんにお聞きします。
再婚すれば、立ち直った事になりますか?

私の考えも書きます。否です。

何故、そう考えたか?
妻と子供を亡くし、もう1人の子供の事を考えて再婚した父に、深い悲しみが生涯消えなかったのを見て知っているからです。

父は、それらを口にも態度にも出しませんでした。
でも、お経の中に、込められていたのです。
深い悲しみと贖罪がありました。
父が失った2人はいずれも病気で、当時の医療の技術の限界でした。
でも、父は苦しみ続けました。
小さい頃は漠然とそう感じていただけですが、私が病気になった時の父から、確信に至りました。

晩年、父は、認知症になりました。
その時も、父の哀しみは癒えることがなかった事を、改めて確信しました。

父は、傍目には前を向き、立ち直ったかの様に見えたでしょう。
でも其れは、表面しか見えていない、見ようとしない人の見方です。

父は、生涯苦しみ続けました。
私の文面は拙く、伝わらないのもやむを得ませんが、

立ち直るって何ですか?
前を向くとは?

私の父は、主さんの基準では、立ち直っている分類に入りますか?

朝晩に欠かさなかった読経を見て聞いて育った私には、
私自身がまた、子供を喪うかも知れないと言う恐怖を与えてしまった娘としては、
そして、晩年の父を見た者としては、
父は哀しみから解放などされていないと感じてしまうのです。

其れって、立ち直ったと言えますでしょうか?

 

まず始めに、コメントありがとうございます。
長くなりそうでしたので、コメントではなく記事での回答とさせてもらいました。
なお、それぞれの質問には最後に回答しますのでご理解いただけますと幸いです。

頂いたコメントを踏まえて書きますが、私は、前を向くことや立ち直ることについて、いわゆるみなさんがイメージしているような明快な基準なんてものはないと考えています。
つまり、「あの人は〇〇してるから立ち直っている」とか、「あの人は未だに〇〇できていないから立ち直っていない」といったような外見・外観で判断できるような基準はないということです。

では、何をもって立ち直りとするかというと、本人がそのように考えているかどうかです。
自分が立ち直ったと思えるのであればそれが立ち直りであり、自分が前を向いていると思えるのであればそれが前を向いたということです。
そこには、外部からでも識別できるような基準なんて存在しないと思いますし、そんなものを作る必要も探す必要もないと思います。
すべては本人がどう考えるかだけの話です。

ただ、そうはいっても私なりの目安はあります。
それは、以前の記事でも書いたとおり、「人生を大切にしようとしているかどうか」です。
ただし、これは本人が口に出すか、書き記すかしてようやくわかるものですから、外部から判断できるようなものではありませんし、当然ながら本心を隠さないことが前提でもあります。
そういった意味では、あなた様が求めているような判断基準ではないのかもしれません。

ちなみに、私がコメントを拝見して漠然と感じたことは、質問こそされていらっしゃいますが、そもそもお父様が立ち直っていなかったと思いたいのでは?ということです。
それは、「立ち直ったかのように見えたのは、表面しか見えていない、見ようとしない人の見方です」とお書きになっているところからも読み取れます。
ですから、他人が何を言おうとも「父は実は立ち直っていなかった、そういう人間だっているんだ」とあなた様はおっしゃるような気がしてなりません。
もちろん、これは私の想像に過ぎませんので、見当違いでしたら申し訳ありません。


前置きはこれぐらいにして、ご質問に回答させて頂きます。

 

再婚したら立ち直ったことになりますか?

 

わかりません。
本人次第だと思います。
本人が立ち直ったと思っていれば立ち直っているでしょうし、そう思っていないのであれば立ち直ってないのでしょう。
外部の人間が判断する必要もないと思いますし、そうすることに意味もないと思います。

 

立ち直るって何ですか?
前を向くとは?
私の父は、主さんの基準では、立ち直っている分類に入りますか?

 

上でも触れたとおり、私が考える立ち直りとは、大切な人を亡くして「もうどうでもいい」と感じた人生を改めて大切にしようとすることです。
ただ、それはあくまでも私の現時点での考えであり、すぐさま他人に当てはめられるものではないと思います。
思うに、こういったことは各々が自由に考えればいいのではないでしょうか。
本人がどう考えるかという話ですから、他人が決めても納得いくようなものが見つかるとは思えません。

次に、あなた様のお父様が立ち直っている分類に入っているかという質問ですが、私にはまったくわかりません。
ひとつ言えるのは、あなた様は「立ち直っていなかった」とお考えだということです。
そう考えることがあなた様にとってプラスを生むというのであれば、それでいいと思います。

なにより、お父様ご自身は自分の状態を理解していたはずですから、そこで完結している話だと思います。
それでも、どうしても推測したいというのであれば、それはもうお好きになさればいいと思います。
「見た目どおり立ち直っていたはず」と思いたいのであればそう思えばいいでしょうし、「ああ見えて実は立ち直っていなかった」と思いたいのであればそう思えばいいのでしょう。

 

其れって、立ち直ったと言えますでしょうか?

  

わかりません。
ご本人に確認するしかないのでは?
とはいっても、それは不可能なことですから、あとはあなた様が考えたいようにお考えになればいいと思います。
ただ、ご自身を苦しめない方向でお考えになることをおすすめします。


以上、これで回答とさせて頂きます。
なお、毎回回答できるわけではありませんので、その点はご理解ください。

 

 

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