亡き人に会うために

大切な人を亡くされた人へ|前を向いて歩いていくためのヒントと故人に再び会うための方法を考えるブログ

本当に望んでいることは何か

 

私は今までに、「故人の立場で考えてみては?」といった内容を幾度となく書いた気がします。

そうすると、時に以下のような意見をもらいます。

「故人がそう思っているであろうということはわかるんだけど、それでも私にはそれができない」
「故人がどう思っているかなんて単なる想像に過ぎず、生きている状態で言われない限り私にとっては意味がない」

こういった意見を聞くと、私はいつも「この人の中で答えは出ているんだな」と感じます。
どういう答えかというと、「できない」のではなく「したくない」という答えです。
それだけではありません。
「したくない」という表現を使っているだけで、「今のままでいたい」という答えです。

自分ではなかなか認められないことかもしれませんし、決して認めようとしない方も中にはいらっしゃるかもしれません。
しかし、自分の今までの行動をしっかりと振り返り、心の奥深くに問いかけてみれば、おそらくそのことに気付くことができると思います。


これは大きく言うなら、人間というのは自分がしたいように日々生きているということでもあります。
いろいろなことを理由や言い訳として使っているだけで、本当は誰もが自分の思うように生きている、きっとそういうことなのでしょう。


ちなみに、故人のことが大切だと言いながら、それでも故人の立場で物事を考えようとしない理由については私にもよくわかりません。

推測するのであれば、自分を最優先に考えているということにでもなるのでしょうか。
また、故人の立場で物事を考え行動するということは、今のその人にとって苦痛を伴ったり、努力を求められたりする可能性がありますので、それを避けるからかもしれません。
なにせ、快適な現状を維持したいという思いとは相容れないものですから。


人生の中には、自分ではわかっていてもできないことがたくさんあります。
いえ、正確に言うなら、「自分ではわかっていてもできないことがたくさんある」とおっしゃる方がいます。
たとえば、禁煙したいと思っている方もそうでしょうし、だらしない食生活を改善したいと思っている方もそうでしょう。
借金から抜け出せない人だってそうでしょうし、ギャンブルから抜け出せない人だってそうでしょう。

ただ、よほどのことでない限り、できないことはありません。
単に、本気でしようと思っていないだけです。
それどころか、そうなるように自分を仕向けてしまっている部分があるはずです。
それはあたかも、そうなることを自ら望んでいるようにさえ感じます。
しかし、こういったことに気付いていない方は、「やめたいやめたい」と言いながら、いつまでもその状態を続けることになります。
それは、先ほども触れたように、その状態の快適さを知っているからでもあり、そこから抜け出すために必要な努力を避けるからでもあるのでしょう。


では、こういった方々のゴールはいったいどこに設定されているのでしょうか…?


人間が環境に影響される生き物である以上、人を見極めるというのはかなり重要なことです。
ですから、周囲の人間がどこに目を向けているのか、何をゴールとして設定しているのか、こういったことは注意しておいたほうがいいように思います。
さらに言うなら、同じゴールを目指していたと思っていたのに実は正反対だったということも十分にあり得ます。
そんな時は、できるだけ早めに対策を講じるべきでしょう。
わざわざ環境に影響される必要はありません。

心配ありません、対策自体はとても簡単なことです。
離れればいいだけですから。


残りの人生を棒に振るか、それとも立て直すか。
それは自由です。
ただ、私は立て直すことを選び、今を生きています。

 

 

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