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亡き人に会うために

大切な人を亡くされた人へ|前を向いて歩いていくためのヒントと故人に再び会うための方法を考えるブログ

聞く耳を持てるかどうか

 

「聞く耳を持てるかどうか」

これは、私が個人的にかなり重要だと思っていることです。
大袈裟でもなんでもなく、人の人生を左右するようなものであるでしょうし、死別後であればなおさら必要とされる力かもしれません。

ちなみに、当時の自分を振り返ってみると、ほとんどと言っていいほどこれができていなかったように思います。

というわけで、今回はこのあたりのことについて書いてみます。

 

 

 

私は、立ち直るためにはいろいろな人と話をするのが一番いいと考えています。
とはいっても、もちろん誰でもいいというわけではありません。おそらく、立ち直った人間の話を聞くこと、そして、立ち直った人間に話を聞いてもらうことが一番効果を期待できるでしょう。なぜなら、立ち直った人間は一通りのことを経験しているからです。つまり、死別直後の激烈な悲しみも、悲しみが薄れていく段階も、一連の心の葛藤も、そして立ち直った感覚といったものも、立ち直った人間であれば経験しているはずです。
また、立ち直った人間ですから、不安に駆られて立ち直ろうとする人間の足を引っ張ろうとすることだってありません。純粋に相談相手の気持ちを汲んで話をしてくれることでしょう。
当然、経験に基づくため、話に説得力があるというのもまた大きなメリットです。

なお、こういったことは何も死別に限った話ではありません。
何かを相談するなら、自分がなりたい人間に話を聞くのが一番であり、それが最も近道なのは良く知られた話です。
ですから、立ち直りたいと考える人間は、やっぱり立ち直った人間に話を聞くのが一番なわけです。

ただ、「自分と似たような死別経験でなおかつ立ち直っている人間」というように条件を絞ってしまうと、なかなかそういった人間は見つかりません。そうかといって、かけ離れていると感じるような死別経験ではやはり耳に入ってきづらいでしょう。

では、どうしたらいいのでしょうか?

これはそれほど難しいことではありません。できるだけ多くの立ち直った人間の話を聞いて、その偏りをカバーすればいいんです。

そしてこういった時に必要とされるのが「聞く耳」です。

全員がそうとは言いませんが、人は自分が信頼している人間や信用できると考えている人間から基本的に情報を得ようとします。しかし、これは情報に接する前段階で自ら情報を選別してことに他なりません。つまり、自分でも気づかないうちに自分が気に入りそうな情報だけを選んでいるということです。
ネットニュースなどをクリックする時のことを思い出してみれば、気になる情報だけを得ようとしている自分に気付くことができると思います。それと似たようなことです。
ただ、こういった情報の取り方をしてしまうと、自分と異なった考え方に触れるチャンスは激減します。そして残念なことに、それでは多くの人の話を聞いていることにはなりません。また、そのようにして自分の想定内の話にだけ接しているようでは、思考の幅が広がることもないでしょう。

では、どうするか?

まずは情報をできるだけ多くもらうことを考えましょう。
そして、その情報を自分なりに認識してから取捨選択をすればいいんです。つまり「選り好みをせずにまずは聞く耳を持つ」ということです。こうすることによって、自分と違った意見や異なった考え方に接することができますし、それがきっかけとなって自分の考え方を再度見直すことだって可能になります。もちろん、どうしても受け入れられない話は受け入れなければいいわけですし、逆に参考になると判断したなら大いに参考にすればいいわけです。いずれにしても、立ち直った人間の話ですから、少なからずの効果は期待できるでしょう。

重要なのは、話を聞く前から自分で判断しないということです。

人間、誰もが自分の考えにある程度の自信を持っているはずです。ですから、自分が認めていない人間の話やアドバイスというものは基本的に軽視しがちです。ところが、そういったところにこそ実はヒントが隠されていたりするものです。


「聞く耳」

当時の私が持っていなかったものだからこそ、重要なのは間違いありません。それに、これは後々の人生全体にもきっと大きな影響を及ぼすでしょう。
ですから、今のうちから可能なかぎり大事にしていきたいものです。

 

 

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