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亡き人に会うために

大切な人を亡くされた人へ|前を向いて歩いていくためのヒントと故人に再び会うための方法を考えるブログ

存在の小ささ

 

狭い世界の中で生活していたり、自分の頭の中でばかり物事を考えていたりすると、自分のことを周りの全員が知ってくれているような気になる時があります。また、自分が経験したことや、自分が考えていることを誰もがわかってくれているような気になる時があります。行き過ぎた場合には、自分の意見には誰もが賛同してくれると勘違いすることだってあるでしょう。

でも、実際は全然違います。
誰もあなたのことを知りません。

当然ながら、あなたの心情に全員が寄り添ってくれることなどあり得ませんし、あなたの考えに全員が賛同してくれることも絶対にないでしょう。

 

これは私にも言えることです。
私のことを誰も知りませんし、私が経験したことだって誰も知りません。私が考えていることや感じていることにしたって誰も知りませんし、ましてやそれらに全員が賛同してくれるなんてことはあり得ません。

ちなみに、こういったことを体感したければ都内の人混みで周囲を見渡してみてください。おそらくすぐに理解できると思います。溢れるほどの人間がいるにもかかわらず知った顔はどこにもいませんし、知った人間から声をかけられることだってありません。自分の存在の圧倒的なまでの小ささをイヤというほど感じられるはずです。

とはいうものの、私はこの瞬間が好きです。
上手く言えませんが、自分の身が洗われるような気がすると同時に、自分自身が完全にリセットされるような感覚にしてくれますから。

ただ、自分のことを誰も知らないと感じることが清々しい一方で、大切な人のことを誰も知らないということに関しては少しさびしい気持ちになります。とはいってもこれはお互い様であり、私だって他の方々の大切な人のことをまったく知りませんので、仕方のないことなのでしょう。

こういったことは、死別ブログという非常に狭い世界であってもなお当てはまります。私は読者の方やコメントをくださる方々のことをはっきり言ってよく知りませんし、その方々の大切な人のことはなおさら知りません。ご冥福をお祈りしたいという気持ちとは裏腹に、まったく知らないということは紛れもない事実なわけです。



今回は特に何が言いたいというわけではありません。
ただ、自分の存在の小ささをしっかりと認識しておかないと、ふとした時に非常にストレスを感じてしまうでしょうし、自分を相手にしてくれない人間のことや、理解してくれない人間のことを不快に思ったりすることがあるでしょう。

 

  • 自分のことは誰も知らない。
  • 自分の大切な人のことも誰も知らない。
  • 自分の考えは理解してもらえなくて当然
  • 自分の気持ちもわかってもらえなくて当然

 

こんなことを改めて認識することによって、もしかしたら多少はストレスが軽減されるかもしれません。羅列するには少し悲しい内容な気もしますが、これも何かのきっかけになることを願っています。

 

 

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