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亡き人に会うために

大切な人を亡くされた人へ|前を向いて歩いていくためのヒントと故人に再び会うための方法を考えるブログ

究極の二択を乗り越えた人間

 

戦争や災害、事故、心中…

こういったことでもない限り、人間が同時に死ぬことは基本的にありません。

 

そして、誰かが亡くなれば必ず残される人間が生まれます。

 

「あなたは先に逝きたいですか、それとも残りたいですか?」

 

言うまでもありませんが、あなたが先に逝った場合はあなたの大切な人が残され、大切な人が先に逝った場合はあなたが残されます。

 

もちろん、悲しみに暮れるのは残された人間です。

 

ちなみに、この二択は本来であれば選ぶことができない二択です。

ただ、もし選ぶことができるとするなら、あなたはどちらを選びますか?

 

私は、自分が残ることを選びます。

なぜなら、残された人間の苦しみを考えると、やはりその苦しみは私が背負うべきだと思うからです。もちろん、先に逝ってしまいたいという気持ちがゼロかと言ったら、ゼロではありません。こんなに苦しい思いは二度としたくないという気持ちも心のどこかにはあります。しかし、それ以上に、自分の大切な人につらい思いをしてほしくありません。だから私は、自分が残ることを選びます。

 

なお、どちらを選ぶかが重要なわけではありません。

重要なのは、この究極の二択が誰の身にもいつか必ず降りかかるものであるということであり、なおかつ、誰にも選ぶことができない二択であるということです。

 

したがって、この二択の結果はそのまま受け入れざるを得ません。

 

であるならば、この結果をいやいや受け止めるのか、それとも前向きに受け止めるのかは大きな問題と言えますし、その受け止め方によって、残された人間のその後も大きく変わることでしょう。

 

もう一度最初から考えてみましょうか。

 

実はこの点に気付いていない人間も多いように感じますが、いつまでも誰も死なないということは不可能です。必ずどちらかが先に逝きます。そして、残された人間は悲しみに暮れて苦しい思いをすることになります。

ここまではもうすべて決まっていることであって、誰にもどうしようもありません。

 

あとは、その苦しみを誰が背負うのかということだけです。

 

どうしようもないわけですから、苦しみがなければいいのに…なんて話は通用しません。必ずどちらかがこの苦しみを背負います。

 

自分が背負うのか、愛する人に背負わせるのか。 

自ら選ぶことができないとはいえ、究極の二択です。

 

このように考えると、愛する人間にその苦しみを背負わすことがなかったということが、実は本当に素晴らしいことであることに気付きます。

 

自分で積極的に選んだことではないからといって、そんなところに引け目を感じることはありません。あなたは、究極の二択を自分を犠牲にすることで乗り越えたわけです。

 

それは本当に誇るべきことだと思います。

 

ですから、自分の今の状況を悲観しているばかりでなく、今の状況を自らつかみ取ったと考え、自分に誇りを持って前を向いてもいいのではないでしょうか。

あくまでも結果論ではありますが、あなたは自分で苦しみをかぶることにより愛する人を救った人間です。

 

 

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