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亡き人に会うために

大切な人を亡くされた人へ|前を向いて歩いていくためのヒントと故人に再び会うための方法を考えるブログ

死んだら会えるか

 

今日は、「死んだら会えるか」ということについて書いてみます。

 

 

24歳の時に経験した死別によって、私は奈落の底に突き落とされました。
「世界で一番不幸なのは自分」
真剣にそんな風に考えていた時代です。

来る日も来る日も、大切な人に会いたいと考えながら泣いていたことを覚えています。
ただ、そういったことを繰り返していると、やっぱり考えてしまうんですね「死ねば会えるんじゃないか」って…

「生きていても絶対に会えない。となると、残された可能性は死の向こう側しかない。
 そもそも相手も死んだわけだし、それを考えると死んだらきっと会えるはず」

こんな感じです、こんな風に考えるようになりました。
超消極的消去法とでも言えばいいんでしょうか…

ちなみに、こう考え出すともう止まりません。
毎日のように死にたいと考えてました。

だって、そうでしょう。
死ねば大切な人に会えるわけですから…
それだけでなく、いつ終わるかもわからない絶望的な苦しみからも解放されるわけですから…

悲しみのどん底にいた私が、「これ以上の選択肢はない」と考えるのも無理はありません。
そしてそれと同時に、それ以外の話はまったくもって耳に入ってこなくなりました。
つまり、この考え方に完全に取っ捕まってしまったわけです。

なお、結果としては死に切れませんでした。
幸いなことに、最後の最後で私の中にある「死を怖がる臆病な気持ち」が勝ったということです。
とはいっても、当時は心から死を望んでいたわけですから、ある種の絶望を感じたこともまた事実ではあります。


そんな死に切れなかった私ですが、「死んだら大切な人に会える」という部分に関して疑問を持ったことは一度もありません。
それは今も同じです。

理由や根拠?

そんなものはありません。

あえて挙げるとするなら、「だって、死んでも会えなかったら悲しすぎるでしょ」、これだけです。
もちろん、死後の世界などについていろいろと見解があることは知っています。
中には、そんなものは存在しないと主張する方々もいらっしゃることでしょう。
ただ、すべては生きている方々の見解に過ぎないため、私には上の理由だけで十分です。



「死んだら会えるに決まってる」

人生はきっとそこまで残酷ではないはずです。

 

 

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